コンピュータを利用した情報処理技術の中で、大量のデータをまとめて処理するときに必要になるのが、データベースだ。皆さんがインターネットを利用して情報収集する場合、多くのサイト(GoogleとかYahooとかAmazonとか)で、それとは気づかないままにデータベースを利用している。一般ユーザーでは、インターネットを介して提供されるデータベースを利用することが圧倒的に多いが、データベース自体の作成や、データの取り扱いに慣れれば、コンピュータを用いた情報処理の範囲が格段に広がることになる。
今週は、まず、インターネット上に公開されているデータベースを利用して、情報を収集・加工する方法を学ぶ。また、次週は、自分でデータベースを作成して、データ処理行う方法を学ぶ。
生物学の研究において、インターネットを利用したDNAデータベースへのアクセスは、必要不可欠な作業なので、まずは挑戦してみよう。
データベースとは、様々な目的のために整理されたデータの集まりのことを指すこともあるし、 大量のデータとそれを保存したり管理したりする方式まで含めてデータベースと言うこともある。
いずれの意味においても、データベースというのが、大量のデータを扱うものであることに違いは無い。
データベースという言葉を聞いたことの無い皆さんも、実は、日常的にデータベースを利用している。例えば、
GoogleやYahooのキーワード検索 Amazonや楽天の商品検索
などは、いずれもデータベースを利用したサービスだ。
今日の授業では、生物学科の学生なら必ずお世話になるDNAデータベースの利用方法を学ぶ。
まず、
インターネットを介してデータベースにアクセス 情報を取得 自分の実験・解析に用いる
方法を修得する。用いるのは、生物学の研究において最も頻繁に利用されるデータベースであるDNAデータベースだ。
インターネットの向こう側にあるサーバというコンピュータにデータベースが構築されており、インターネットを介して要求を送ることで、様々なデータを得ることができる。
今回は、DNAデータベースから実際にデータをダウンロードして、自分のコンピュータ上で加工し、系統樹を作成することに挑戦する。
現在、DNAデータベースには3つの大きなデータベースが存在する。
日本で運営されているDDBJはEMBL, GenBankと共に3大DNAデータバンクと呼ばれ、三者で「国際塩基配列データベース」を構築している。DDBJで登録されたデータには、EMBL, GenBankと共通のアクセッション番号が与えられる。個々のデータには、どのデータベースからでもアクセス可能だ。
DDBJは日本語で書かれているので、英語が苦手な人にはわかりやすいが、インターフェースは、GenBankの方が使いやすい。そこで、この授業は
GenBank を用いる
皆さんが自分の研究にDNAデータベースを利用するときにも、使いやすさの面から、きっとGenBankを使うだろう。
英語システムの利用に、前向きに挑戦してみよう
ところで、これから検索しようとするデータベースに、塩基配列は何件保存されているだろうか?グループで相談して、答えをmoodleページから送信しよう。
質問: DNAデータベースに保存されている塩基配列の件数(エントリー数とか登録数ともいう)は? a) 100万件 b) 1,000万件 c) 1億件 d) 10億件
それでは、いよいよGenBankを使って、登録されている塩基配列情報を何か検索してみまよう。まず
GenBank http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/ にアクセスする(右クリックして新しいタブで開く)
画面の上部の入力欄で、プルダウンメニューをつかって検索対象を"Nucleotide"(意味:「塩基配列」)にして、画面の上の方にあるテキスト入力フィールドに下のキーワードを入力してみよう。準備ができたら"Search"をクリックしよう。
H1N1 Flu
そうするとわりとすぐに上の図のようなウィンドウとそれぞれの情報へのリンクが表示される。
この画面表示のことを、Summary(サマリー: 要約情報)と言う。この画面を見れば、どういう遺伝子が見つかったのかが、おおよそ分かる。ページ左上には検索件数が表示され、データの1件1件はアクセッション番号にリンクがついて、リスト表示されている。
例:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AY303751.1上のURLの例では、一番右端のAY303751.1がアクセッション番号だ。 アクセッション番号という名前は覚えておく方がよい。この番号は、配列につけられた固有の番号で3つのデータベースで共通している。自分が決定した塩基配列を研究論文で発表するときには、アクセッション番号を明記することが必須になっている。
それでは、青い文字で下線のついたリンクをクリックしてみよう。画面が変わって、登録内容が表示される。いろんな項目のことをアノテーションと呼び、登録されたデータがどの生物から得られたものかとか、遺伝子の構成、実験の条件などいろんな情報が含まれている。
なお、登録データは全て英語英語で書かれているので、日本のDDBJで検索しても、得られる情報は同じだ。
上の例で検索したとき、一番上に表示されたInfluenza A virus (A/Taiwan/5063/99 (H1N1)) というアクセッション番号へのリンクをクリックしてみると、下と同じような形式でデータが表示される(注:下のデータは例としてあげた、別の生物のものリンク)。
LOCUS AB242157 367 bp DNA linear PLN 16-MAY-2006 DEFINITION Hibiscus tiliaceus DNA, microsatellite, clone:Ht-63. ACCESSION AB242157 VERSION AB242157.1 GI:96775746 KEYWORDS . SOURCE Hibiscus tiliaceus ORGANISM Hibiscus tiliaceus Eukaryota; Viridiplantae; Streptophyta; Embryophyta; Tracheophyta; Spermatophyta; Magnoliophyta; eudicotyledons; core eudicotyledons; rosids; eurosids II; Malvales; Malvaceae; Malvoideae; Hibiscus. REFERENCE 1 AUTHORS Takayama,K., Kajita,T., Murata,J. and Tateishi,Y. TITLE Isolation and characterization of microsatellites in the Sea hibiscus (Hibiscus tiliaceus, Malvaceae) and related hibiscus species JOURNAL Unpublished REFERENCE 2 (bases 1 to 367) AUTHORS Takayama,K., Kajita,T., Murata,J. and Tateishi,Y. TITLE Direct Submission JOURNAL Submitted (14-NOV-2005) Koji Takayama, Botanical Gardens, Graduate School of Science, The University of Tokyo; Hakusan 3-7-1, Bunkyo-ku, Tokyo 112-0001, Japan (E-mail:takayama@bg.s.u-tokyo.ac.jp, Tel:81-3814-2625, Fax:81-3814-0139) FEATURES Location/Qualifiers source 1..367 /organism="Hibiscus tiliaceus" /mol_type="genomic DNA" /db_xref="taxon:183267" /clone="Ht-63" /tissue_type="leaf" repeat_region 1..367 /note="microsatellite" /rpt_type=tandem ORIGIN 1 taacccaaac cgccagtcca gtcttttcag cccaataccc aacacacaca ctcaacccgg 61 ctctctctct ctctatctct ctctctctca gcccactcac cctaacatag cccattcttc 121 ctttacccaa tacacacata actcactcat atacacacac acaacaaagc caacacacac 181 tctcaccctc cttcacagcc cgcaccacat actcactaac acaacccaca catatccggc 241 ctattcatac ataccaacct actcattctc acataaccca ctctcctcac aacacacaca 301 cacacacctc tcttactcaa cccatactct ctctcggccc agacctcacc tacttggccc 361 actctta //
なお、表示されたデータは全て、テキスト情報であることに注意しよう。
この講義の大きな目的は、テキストファイル(テキスト情報)の扱いに習熟すること
だったことを覚えているだろうか?
DNAデータベースを検索して得られる情報が、テキスト情報で有る限り、これまで練習してきた、K2Editorなどのテキストエディタを使って編集できるということだ。また、正規表現置換・検索を行えば、自分の好きな形に加工できるという応用も可能。
さて、これで、キーワードを用いたDNAデータベースの検索は、一通りできた。あとは、Googleで検索をするときのように、キーワードを加えて絞り込むなどして、欲しい情報をデータベースから探す。
生物の名前に限らず、人の名前でも何でも良い 例: Watano Oryza HIV hippopotamus
さきほどは、
キーワード を用いて DNAの塩基配列 を 検索
したが、逆に、
塩基配列 を用いて 登録されている似たようなデータを 検索
するにはどうすればいいだろうか?
遺伝子の研究を行うとき、働きは分からないけれど、塩基配列だけは決定でたというような場合がよくある。そんなとき使うのが、
BLASTだ。では、BLASTのページから、塩基配列データを検索するnucleotide blastのページに入ってみよう。
(GenBankのトップページからリンクを辿って、BLASTのページに入り、"Nucleotide-nucleotide BLAST (blastn)"をクリックすることで入れる)
このページにはいろいろとデータを入力したり、設定を変更するボタンがある。DNAデータベースに入っている情報は、ヒトやマウスのデータが圧倒的に多いが、今回は、それ以外の生物のデータをサーチするため、
ctctacaagt attgtaattt taagagtctt tttactccaa agaaatcccc tttttttttgそれでは、検索ウィンドウに上の60ベースの塩基配列を入れ、というボタンをクリックしてみよう。他にもいろいろとオプションの設定はあるが、無視してかまわない。
BLAST!をクリックすると次の画面が表示されるが、検索にはしばらく時間がかかる。画面には経過時間が表示される。 検索が終わると、検索が表示される。画面の上の方には、結果がグラフィックで表示され、、画面の下の方には、説明がテキストで書かれている。
この画面では、先ほど入力した配列をデータベースサーチして、よく似た配列ほど、上から順に高いスコアで表示される。実は、上の60塩基の配列は、Dipterocarpus kerrii というフタバガキ科の植物からとってきたものだ。検索結果にはDipterocarpus kerriiの他、costatusやalatusやという別種のものの葉緑体DNAにあるmatKという遺伝子の配列も、も、全く同一スコアで表示されている。
実験で得られた遺伝子の塩基配列から、似た遺伝子を探して働きを推測するときに、BLASTサーチは非常に有効だ。
先に行ったキーワード検索では、表示されたサマリーから遺伝子の情報を表示させただった。でも、生物学の研究では、複数の塩基配列情報を、1つのファイルにまとめて保存したいことがよくある。
例えば、皆さんの卒業研究では、次のような場面でDNAデータベースからデータをダウンロードすることになるかもしれない。
etc...
研究テーマにもよるが、生物学のほとんどの研究分野でDNAデータベースからのデータを取得する場面が出てくる。
それでは、複数の配列データを一括してダウンロードするにはどうすればいいだろうか?
先ほどはキーワードで検索を行ったが、今度はアクセッション番号で検索してみよう。実際に研究を行うときには、ある論文で発表されている塩基配列をDNAデータバンクから得ようとする場面が多いので、そんなときは、アクセッション番号を使ってダウンロードするのが便利だ。
例えば、下の囲みの中には、ヒト、ゴリラ、チンパンジーのミトコンドリアDNAの全配列を研究した論文(日本語要約、系統樹)から、日本人、フランス人、アフリカ人(Lisongo)、チンパンジー、ゴリラのアクセッション番号が挙げられている。
AF346989,AF346981,AF346994,D38113,D38114
GenBankやDDBJのgentryというシステムで検索するときは、アクセッション番号をコンマで区切って検索欄に入力すると、対応する配列だけが表示される。では、上の囲みの中の文字列をコピーして、GenBankの検索欄にペーストし、Nucleotideを検索してみよう。
AF346989,AF346981,AF346994,D38113,D38114 Searchのプルダウンメニューで、Nucleotide(「塩基」)になっていることを確認
5つの遺伝子のサマリーが表示されただろうか?
え?日本人とか、フランス人とかいう情報がサマリーに表示されていないって?... そのとおり。サマリー情報には私たちが使いたい情報が載っているとは限らないので、アクセッション番号がどの遺伝子に対応しているかは、それぞれの詳細情報を見ないと分からない場合がある(それでは不便なので、アクセッション番号と、自分の使いたい情報の対応表を作りたいところだが、これまで学習してきた正規表現検索・置換を使えば、簡単に対応表をつくることができる。時間があったら解説する)。
さて、自分の指定したアクセッション番号を持つ5つの配列が画面に表示された。次はこれを一括ダウンロードしよう。
操作:
ダウンロードフォルダに sequences.fasta という名前で配列情報が保存された。これをテキストエディタ(K2Editorなど)で開いてみると、
>gi|13272920|gb|AF346989.1| Homo sapiens mitochondrion, complete genome GATCACAGGTCTATCACCCTATTAACCACTCACGGGAGCTCTCCATGCATTTGGTATTTTCGTCTGGGGG GTGTGCACGCGATAGCATTGCGAGACGCTGGAGCCGGAGCACCCTATGTCGCAGTATCTGTCTTTGATTC .......................
塩基配列情報が入っていた。
なお、今ダウンロードした塩基配列はミトコンドリアDNAの全長なので、およそ1万6千ベースある。非常に長いため、テキストエディタで表示させても、データの区切りがどこにあるか分かりにくいだろう。
FASTA形式は、複数の塩基配列をタを並べて扱うときに用いる形式の1つ。FASTA形式は非常にシンプルなデータ形式だ。今では、GenBankのBLAST検索や、様々な塩基配列解析ソフトウェアで広く使われている(FASTA形式の詳しい説明はこちら)。
簡単に説明すると、
>配列名などの情報 塩基配列またはアミノ酸配列
という構造になっている。下の囲みの中の配列は、ダウンロードした配列にテキストエディタ(K2Editor)を使って、Japanese, French, Chimpanseeなどの情報を追加したFASTA形式ファイル。
>Japanese TTGACCGCTCTGAGCTAAACCTAGCCCCAAACCCACTCCACCTTACTACCAGACAACCTTAGCCAAACCATTTACCCAAATAAAGT ATAGGCGATAGAAATTGAAACCTGGCGCAATAGATATAGTACCGCAAGGGAAAGATGAAAAATTATAACCAAGCA >French CTTGACCGCTCTGAGCTAAACCTAGCCCCAAACCCACTCCACCTTACTACCAGACAACCTTAGCCAAACCATTTACCCAAATAAAGT ATAGGCGATAGAAATTGAAACCTGGCGCAATAGATATAGTACCGCAAGGGAAAGATGAAAAATTATAACCAAGC >African TGACCGCTCTGAGCTAAACCTAGCCCCAAACCCACTCCACCTTACTACCAGACAACCTTAGCCAAACCATTTACCCAAATAAAGTAT AGGCGATAGAAATTGAAACCTGGCGCAATAGATATAGTACCGCAAGGGAAAGATGAAAAATTATAACCAAGCAT >Chimpansee ACTCTGAGCCAAACCTAGCCCCAAACCCCCTCCACCCTACTACCAAACAACCTTAACCAAACCATTTACCCAAATAAAGTATAGGCGA TAGAAATTGTAAACCGGCGCAATAGACATAGTACCGCAAGGGAAAGATGAAAAATTATACCCAAGCATAATA >Gorilla GCTCTGAGCAAAACCTAGCCCCAAACCCACCCCACATTACTACCAAACAACTTTAATCAAACCATTTACCCAAATAAAGTATAGGCGA TAGAAATTGTAAATCGGCGCAATAGATATAGTACCGCAAGGGAAAGATGAAAAAATATAACCAAGCACGACAC
塩基配列の区切りに >生物名(改行) を入れれば、いろんなソフトウェアで解析ができるんだから、K2Editorに慣れた皆さんにとっては、とても親しみやすい形式だろう。
アラインメントというのは、複数の塩基配列情報やアミノ酸の配列情報を整列させることだ。塩基配列情報を扱う上でとても重要な言葉なので、覚えておこう。例えば、
cytochrome b遺伝子: ヒト ..attaaccccctaataaaattaattaaccactcattcatcgacctccccaccc... ゴリラ atgacccctatacgcaaaactaacccactagcaaaactaattaaccactcattc...
という2つの配列はアラインメントされていない。ヒトとゴリラという異なる種から得られた配列だけれど、同じ遺伝子なので、きっと相同な領域はあるに違いない。しかし、こういう並べ方をすると、塩基配列のどの位置がどの位置に対応しているのか分からない。これをアラインメントすると、
cytochrome b遺伝子のアラインメント: ヒト atgaccccaatacgcaaaattaaccccctaataaaattaattaaccactcattcatcgacctccccaccccatc ゴリラ atgacccctatacgcaaaactaacccactagcaaaactaattaaccactcattcattgacctccctaccccgtc 塩基置換 * * * ** * * * *
となり、サイト(塩基配列上の塩基一つ一つの位置のこと)ごとに対応関係をとることができるし、どのサイトで塩基置換が生じているのかが、一目でわかる。
異なる生物から得られた塩基配列を複数並べて、構造上の対応関係を見たり、系統樹を作成する場合は、用いる塩基配列がアラインメントされていることが必須だ。そこで、フランスのパスツール研究所のウェブサービスを使って、最近よくつかわれるアラインメントソフトウェアであるMUSCLEで塩基配列をアラインメントしよう。
最近は分子データの解析や系統解析を行える、さまざまなウェブサービスがある。この授業で用いるのは、フランスのパスツール研究所が提供する分子生物学関係の解析サービスで、Mobyle@Pasteurと呼ばれるもの。下のリンクから、新しいタブで、リンク先を開いてみよう。
http://mobyle.pasteur.fr/cgi-bin/portal.py?#welcome
左のメニューに、alignment, assembly, ..., phylogenyなどのいろんな項目が表示されるが、今回、この授業で利用するのは、
alignment > MUSCLE: 塩基配列データの高速アラインメント phylogeny > distance > QUICKTREE: NJ法による系統解析
の2つだ。
MUSCLEは最近よく使われるアラインメントソフトウェアだ。では、アラインメントに使うサンプルファイルを授業のmoodleページからダウンロードしてみよう。example1.fastaという名前のこのファイルには、先ほどGenBankで検索したヒトのミトコンドリアDNAの配列の一部がFASTA形式で保存されている。ダウンロードされたファイルは、ダウンロードフォルダか、デスクトップなどに入っているはず。 このファイルの内容を全てを選択してデータをコピーしておく(ブラウザでそのまま表示させても良いし、ダウンロードしてK2Editorで開いてコピーしても良い)
>AF346963-Aborigine TTGACCGCTCTGAGCTAAACCTAG...... >AF346977-African (Effik) TTGACCGCTCTGAGCTAAACCTAGC...... >AF346980-African (Ewondo) CTTGACCGCTCTGAGCTAAACCTAG...... ...... ......
パスツール研究所のサービスを使うと、MUSCLEで作成したアラインメントを、すぐにQUICKTREEという系統解析ツールに送って解析することができる。
ここまでできれば、皆さんは、DNAデータバンクからデータをダウンロードして、系統樹を描くことに成功した!ということになる。