琵琶湖固有の絶滅危惧種・イケチョウガイの遺伝子汚染について

白井亮久博士(現・武蔵高等学校中学校教員)が当研究室で行った研究によって、琵琶湖固有の絶滅危惧種イケチョウガイについて次のことが明らかになり、学術誌で報告されました。

 1. 琵琶湖の真珠養殖所で現在養殖されているイケチョウガイには、
   中国産ヒレイケチョウガイの遺伝子の混ざった雑種個体が多く含まれていること
 2. そのため、絶滅が危惧されている琵琶湖の野生イケチョウガイも、遺伝子汚染の危機にさらされていること
 3. 逸出個体に由来するものではあるが、青森県姉沼のイケチョウガイ集団の保全は非常に重要であること

イケチョウガイの自然集団の現状把握と保全、遺伝子汚染の防止は緊急を要する課題であり、何らかの対策が必要です。このことを、滋賀県庁自然環境保護課、青森県庁自然保護課、青森県東方町農林水産振興室等の地方自治体の関連部署に報告し、保全への提言を行いましたので、このページに内容をまとめておきます。
梶田 忠 (7 June, 2010)

1.日本におけるイケチョウガイの生息状況

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イケチョウガイは琵琶湖の固有種で、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧I類 CR+ENに指定されている貴重な生物であり、淡水真珠養殖の母貝として、経済的利用価値も極めて高い生物です。現在、琵琶湖と霞ヶ浦の何カ所かで養殖されていますが、原産地の琵琶湖の野生集団は絶滅に瀕しています。
ところが、2008年に、当時当研究室の大学院生だった白井亮久博士によって、青森県東北町姉沼でイケチョウガイが多数生息しているのが確認されました(白井 2008)。姉沼の集団は、もともとは琵琶湖から霞ヶ浦を経由して養殖のために持ち込まれたものが、逸出して野生化したものですが、日本に存在する健全なイケチョウガイの野生集団としては、唯一のものです。

2. 原産地の琵琶湖の養殖場でも起こっている外来種からの遺伝子汚染

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その後、私たちは白井博士を中心としてさらに研究を進め、琵琶湖と霞ヶ浦の養殖場のイケチョウガイが、中国産移入種のヒレイケチョウガイによって遺伝子汚染を受けていることを、DNA分析を用いて明らかにしました(Shirai et al. 2010)。ヒレイケチョウガイは、汚染に強いなどの理由で1970年代に中国から霞ヶ浦に持ち込まれ、霞ヶ浦と琵琶湖の養殖場に遺伝子汚染を広げるに至ったようです。
一方、青森県姉沼のイケチョウガイについてもDNA分析を行ったところ、外来種から交雑の影響は全く観察されず、遺伝的に純粋なイケチョウガイの集団であることが示されました。また、姉沼の集団は養殖集団からの逸出個体に由来するものの、比較的高い遺伝的多様性を保持していることも明らかになりました。

3. 琵琶湖の野生集団に遺伝子汚染を広げないことの重要性

琵琶湖のイケチョウガイの養殖場は、自然環境とは完全には隔離されていないので、ヒレイケチョウガイの遺伝子を含んだ雑種の幼生が、養殖場外に逸出する危険があります。そのため、琵琶湖で僅かに残っている野生のイケチョウガイにも、遺伝子汚染が広がることが懸念されます。琵琶湖の野生イケチョウガイは個体数が激減しているため、調査は非常に難しいようですが、野生集団における遺伝子汚染の現状を、できるだけ早く把握し、遺伝子汚染の拡大を食い止める必要があると考えています。

4. 青森県姉沼に生息するイケチョウガイの保全の重要性

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また、原産地の琵琶湖からは遠く離れたところにある、青森県姉沼のイケチョウガイは、逸出個体が野生化した集団ですが、個体数の多い健全な集団です。地球上に残された、最大の野生集団であるというだけでなく、外来種からの遺伝子汚染を受けていない、唯一の純粋なイケチョウガイ集団かもしれません。そういう意味で、保全の必要性は非常に高いですし、将来的には、琵琶湖の野生集団を回復させるためのソースとして使える可能性もあります。
また、イケチョウガイは、淡水真珠養殖の母貝として琵琶湖と霞ヶ浦で養殖され、一時期は高値で取引されていました。日本での淡水真珠養殖は現在は衰退していますが、中国ではヒレイケチョウガイを用いた養殖が非常に盛んであり、日本のイケチョウガイを用いて品種改良実験なども行われています。姉沼のイケチョウガイ集団は、現存個体数の多さと、遺伝的な純粋さにより、真珠養殖のために乱獲されてしまうことも考えられます。また、姉沼に雑種個体が持ち込まれると、遺伝子汚染が広がってしまいます。今後は、原産地である琵琶湖とともに、姉沼においても、イケチョウガイの集団が絶滅しないよう、保全対策を実施する必要があるでしょう。

5. 引用文献

6. 本稿についての問い合わせ

追記: